【マルハニチロ侫武多会の『鬼同丸』について。】

こんにちは。

平成25年マルハニチロ侫武多会の出陣ねぶた、「京 市原野 鬼同丸と綱」ですが、

ここに登場する「鬼同丸」、現代は「鬼同丸」と「鬼童丸」の2つの表記が使われています。

「鬼同丸」は、鎌倉時代(1254年)の説話集「古今著聞集(第九巻武勇の項目)」に見られ、

公式な文献として鬼同丸の話と名前が初めて記載されています。

その後も「前太平記」(1681年)にも表記され、伝説発祥の地、口碑伝承してきた京都市

左京区市野原の人々も「同」を使用しています。

「鬼童丸」は、絵師・鳥山石燕が「今昔百鬼拾遺」(1780年)に「鬼童」と題していたり、

曲亭馬琴の「四天王剿盗異録(巻之七)」では、「妖童・鬼童丸」が登場しており、

浮世絵や漫画などでは「鬼童丸」の方が使用されているようです。

鬼童丸(鬼同丸)の出自の経緯に、「比叡山の稚児であった」「酒呑童子の息子である」等の

諸説から、「同」の他に「童」が使われるようになったのではという推論もありますが、

今回のねぶたは、原典である「古今著聞集」の記述に則って、表記を「鬼同丸」としたものです。

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